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部活動はやめて外部化した方がいいのではないだろうか。

学校のクラブ活動というシステムはもう何年も続いており今や当然のこととなっています。

これだけ長く続いているのは様々なメリットや実利があり、中高生の成長に大きく寄与していることは言うまでもありません。

ですが、近年になって「ブラック活動」という言葉が台頭してきました。

見て見ぬふりをされてきたが、いよいよ見過ごせなくなってきた問題がだんだんと浮き彫りになってきています。それは声を上げた現場の先生や生徒の力のおかげです。

さまざまな問題を受け、「部活動を外部化するのはどうか?」という観点からその良し悪しを綴ってみます。

難しいなぁ。。。

1.部活動をやめて外部化するとは?

専門家の間でも議論は活発になされているようですが、外部化とは要は学校教育から部活動を切り離すということです。

一言に「切り離す」と言っても形は様々です。

たとえば、学校内の数学年を固めて外部で活動を続けるように文字通り切り離すという形もできます。ただ、後述しますが、外部化には教員の負担を減らすという狙いがあるので、指導者や関係者はボランティアを募ったり賃金が発生するとしてもそのお金の出どころや資金の確保が必要です。

そのほかに、今ある一般バンドを拡張し、中高生も参加できるようにするという方法もありますね。もちろんこちらも超えるべき壁は盛りだくさんです。

ですが、これを実現することができればこれまでにはなかった発見や新たな繋がり、家族や地域、ひいては都道府県や国の規模で有益な効果があると考えています。


もしも部活動が外部化(市民/地域活動化)されたらそこに生じるメリットや恩恵、またデメリットや諸課題はどんなものがあるだろうか、という視点をもって次の章にいってみましょう。

2.4つのメリット

まずは実利についてみてみます。ここからは現状の「部活動」と区別するために仮に外部化した場合の活動を「市民/地域活動」と記します。

教職員の負担が減る

現状の部活動において、教員・指導者の負担が大きすぎるのでは?という声はネットでよく見ます。

部活動の外部化に「今、部活動指導に喘ぐ教員を救うため」という意見があったなら私は反対です(なぜならそれも織り込み済みで職を選ぶべきだから)が、教職員の負担が減るというのは確かにあります。

これは教職員が本来の業務である授業や学校生活での指導に力を割けることになるので、大いに価値のあることです。


また、なぜ今負担が大きいかというと詳しくない分野の部活動の顧問になるという事態も起きているようです。実際に耳にしたこともあります。それは指導者本人にも生徒にもよくないので、即刻改めなければならない課題でもありますね。


そういう点では外部指導者やボランティアを起用し、レベル・スキルの向上を図っている顧問の先生はよく立ち位置を理解していると思います。(調整業務等、大変なことは多々あると思いますが)

専門分野に精通した者からの指導は生徒にとっても部活動の時間が有益になることとイコールです。

不登校でも顔を出せる

私は特にこれを推したいのですが、今のままだとクラスでなにかしらの悩みや問題があって授業を受けられないとなったとき、同時に部活動にもいけなくなるんですよ。

これを言ったら

授業は受けなくても部活動には行けばいいんじゃ?


と思う人、もしかしたらいるかもしれませんが、そんな図太い神経があったら最初から不登校になっていないわけで・・・。これは実際、私自身中学生のある時期に感じていました。そういう目に遭いました。


特に部活動が心の支えになっていた場合、クラスで上手くいってないことで部活動の楽しみまでも奪われる仕組みはなかなかつらいものがあります。損です。

でも部活動が学校の外にあったら、そういう心配はなくなるでしょう。


外部化が実現するころには「学校には行ってないけど、市民/地域活動には顔を出す」ということはなにも異常ではない空気が作られています。

なぜなら、その組織は「学校」のようなある種閉ざされた世界ではないからです。
いろんな人生を歩んできた複数の大人が管理しつつ組織としての活動をできるのがいいと思います。

そうであれば、学校に行かずに組織の活動に参加することは全く悪ではないという声も本人に届きやすいです。

生活圏が学校と家庭の2本柱のみで構成されるとどうしても「学校に通えていない自分=悪」という思考に陥る子どもができてしまいます。そういう悲劇の抑止にも部活動の外部化は一役買えるとみています。

属するコミュニティが増える

先にもチラッと触れましたが、属するコミュニティが増えるというのも外部化の大きなメリットです。

学校内にある部活動に所属する場合、吹奏楽部をやるとしても選択の余地がありませんでした。吹奏楽部がひとつしかないからですね。

しかし地域に外部化するとなると自分が属したいところを探すことができます。もちろん練習移動時の距離的な制約は受けるので、完全自由というわけではないですが。

学校からそのまま外にお引越しするだけなら属するコミュニティが増えるとは言い難かったですが、自身で選択できるとなるとそれは可能です。

いろんな世代とかかわれる

日本では子ども時代に定期的にかかわる「大人」が極端に限られているため、いざ社会に出たとき自分より上の世代とのかかわり方やジェネレーションギャップに苦労します。(それは上の世代側もですが)

就職活動の段になっていきなり「社会」というステージに飛び込まされて、悪いケースだとブラック企業でこき使われたり、仕事が決まらず自信を喪失したりします。

ただ、そのような状況に陥らないための仕組みづくりは社会のシステム次第でできるはずです。そのひとつがこの部活動の外部化で早いうちからいろんな層の年代と関わることでやんわりとした段差の浅いステップの中で社会を学んでいけたらいいと思います。


「社会を学ぶ」だなんて大それたことまで言わずとも、「この世にはいろんな年代のいろんな人間が生きていてみんなそれぞれ違う個性や考え方・容姿を持っている。自分とは気が合わず付き合いの難しい人もいるが、とても好きで一緒にいるのが楽しい人もいてくれる。自分には価値がある」ということを肌で感じる機会があるだけでも大きな成果と言えるでしょう。

ただ、これが実現されるには外部化した際の組織はいろんな世代のいろんな人間で構成されていることが必須です。

3.4つのデメリット・諸問題

次はデメリットや諸課題を見てみましょう。

ハイレベルな熱い大会は期待できるのだろうか・・・

部活動を外部化したときになにが犠牲になるだろうか・・・?と考えたとき、まずひとつ思い浮かぶのがレベルの維持についてです。

今の学校内の部活動という形は実は練習そのものや活動に関しては実はとても好条件な環境が整っています。

授業が終われば活動場所までの移動時間が非常に短い。また、(すべてがそうとは限らないが)設計時点である程度防音にも配慮されているため練習がしやすい。朝早くから、また夜遅くまでの練習も管理者の下でできる。

などのメリットが盛りだくさんです。なので、部活動を外部化するということはそのまま裏返しのデメリットが生ずることを意味しています。

項タイトルの「ハイレベルな熱い大会は期待できるのだろうか・・・」はまさにその通りで、外部化した場合よほど環境が整えられないと「レベル」は二の次になる可能性を孕んでいます。(まぁそれでいいんですが)

運営はどのようにされるのか

どのように運営していくか、も大きな課題ですね。人も資金も場所もどうやって調達するのか・・・。

今ある一般バンドを拡張したら?


という意見もあるかもしれませんが、当然大人がやっているので活動時間は主に土日です。それに比べ小学生や中高生に必要なのは平日の練習なので、やはりこれを実現しようとすると理想と現実の間に大きな溝があります。


生き方が特に多様になってきた現代では労働時間(働き方・雇用形態)についてもっと選択の余地があっていいと思いますが・・・いや、実質的にはあるのですが、世間体や生活のための賃金、将来性等のことを考えるとやはり「安定した生活を獲得するための限られた選択肢」に雁字搦めになっている現状は否定できません。


これが解消されれば部活動の外部化に割ける力も増すとは思うのですが。。


少子化から感じるように、日本は後続を育てる・後継のために策を打つ、という面が非常に弱いように感じています。

ただだからと言ってすぐに策を講じられるものでもないですね。これは実際に取り組みが行われる際には大きな壁となって立ちはだかると思います。

責任の所在はどこにあるのか

今は、クラブ活動中になにか起きれば顧問の先生や学校の責任になります。

ただこれも市民/地域活動化すると当然そこに属する大人の責任になるでしょう。

他人様の子どもをあずかる、というのはかなり責任重大なことですからこれもまたひとつのハードルになりますね。今ある一般バンドの中には「高校生もありだけど、親の同意が必要」としているところがありますが、やはり「責任」をどうするか、ということや未成年を成人集団の中に受け入れるのはそれなりに気を遣う部分があります。


外部化を一般バンドの拡張という形で実現する場合、よくある子ども中心のスポーツクラブを大人が面倒を見る、というのとはまた意味合いが違います。大人も主体的に活動しますからね。


ただ、一般バンドでの活動を思い返すとそれほど難しいことではないかもしれませんね。中高生ともなると文別はついているでしょうし。周りの大人が目を光らせていれば問題もないか・・・。

それよりも子ども~大人が一緒に活動するとコンサートの打ち上げはどうなるんだろう。。。というのが、気になります。お酒を飲みながらあれやこれやを話すのが最高に楽しいのですが・・・!未成年は帰らねばならないでしょうか・・・!

活動の意味付けも要検討だ

部活動の場合「音楽を通して人間的成長を」みたいなスローガンが掲げられたりしますが、これも外部化した場合どうなるかは考えねばなりません。


その集団に依存しますが、やはり大人のみで構成される一般バンドの雰囲気は教育的側面というものを持ち合わせていません。

子どもの活動に特化させるかどうか。。。一般バンドの中に未成年の部門をつくる形もありだろうけど、メリットであげた早い段階からいろんな年齢層とのかかわりをもつという恩恵は享受できる環境であるべきだと思います。

4.編集後記や気付き

書いてて思ったのですが、現状を変えようとしてそれが例えば「部活動を外部化する」だった場合、必ずなにかを犠牲にしなければならなくなるんだな、ということでした。

当然、今もその「犠牲になっているなにか」は存在します。それは過度な負担を強いられている教員だったり、ブラック部活という言葉が示すような長時間練習やハードな練習に自分を消耗していく生徒たちだったりするわけですね。


部活動の外部化を考えるとき、学校のクラブ活動をそのまま外だしした形にするのか、一般バンドを拡張した形で行うのかでもかなり出てくる課題や生じ得る問題は違うのだと感じます。

学校に部活動がある場合、特に生徒の管理・把握という観点からは担任教師と部活動顧問の連携とりやすいなど、子どもを守る部分で効果的に作用する場面もあると思います。

ただ、ここまで書いてみて常に思い続けているのは子どもたちを「学校」という箱に長時間閉じ込め、家庭との往復に終始する生活をおくらせるのはあまり有益ではないということです。

その意味では学校が終わった後に友達同士で遊ぶ時間や学習塾などは「自分にとっての世界・世間を広げる」という観点で有効でしょう。そこからもう一歩広げて学校外での「地域に根差した活動」というものが定着・浸透すればこの社会はまた違った様相を見せ始めると思います。

5.おわりに

こういうことを考えるのはなんというか・・・楽しいですね。活動のしやすさというのは=ストレスフリーになるので、作り上げる音楽そのものの向上にも繋がるのかなと思いました。


もちろん技術的な話は環境が違えど不変だと思いますが、やはり精神的に余裕があるというのは身の回りのいろんなことに良く作用するものです。

このあたりの仕組みが変わっていくにはまだまだ時間がかかると思いますが、この社会がもっと暮らしやすく、生きやすくなればいいと思います。

今はまだ何を言っても夢物語感がありますね。

ありがとうございました。
writer:suipedian
このサイトの企画、制作、保守全般を担当。
音楽略歴:トランペット10年、ピアノ2年
音楽やってる人を応援したい。

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